画期的な除電装置『空間トリンク』
2009年夏、リーマン・ショックの影響で産業界は意気消沈していた。
そんなとき、画期的な静電気除去装置(以下、除電装置)を独自に開発して世界を瞠目させたのが
TRINC(以下、トリンク)の代表取締役社長・高柳眞しである。
ここでまず、除電装置の市場概要と独自技術で開発されたトリンク製品の特長について解説しよう。
高柳氏は、次のように語る。
「トリンクの製品が開発されるまで、除電装置メーカーは40年も50年もユーザーの声を無視して、旧態依然とした装置しか提供しなかったのです。」
高柳氏が指摘したユーザーの声とは、除電効果がなく、装置がすぐに壊れるという顧客不満足の嘆きでもあった。
従来の静電気対策装置は、漏電が発生して簡単に壊れてしまう設計であるため、使用開始後、数ヵ月で故障してしまうケースが珍しくなかったのである。
そこで、高柳氏は除電の無漏電構造を考案し、漏電問題を解決する画期的な除電装置を開発した。
それが、広い空間中の静電気をなくしてホコリなどの異物付着をなくす装置『空間トリンク』である。
優れた効果を発揮するこの独自技術の製品をトヨタ自動車(以下、トヨタ)は大絶賛し、自社工場への導入に踏み切った。
高柳氏が経営の基軸に据える「顧客第一主義」の原点には、顧客の不満足を製品開発に取り込んだトリンク製品の誕生秘話があったのだ。
さらに、高柳氏が開発した無風で除電できる『空間トリンク』は「メンテナンス不要」という革命的な効果も併せもっていた。
「それまでの除電装置は、ホコリなどの異物の付着を防ぐために加湿を行っていました。この加湿が結露を招いてしまい、
故障の元凶ともなっていたのです。ところが、無風の『空間トリンク』はそうした問題をすべて解決し、乾燥した環境においての除電を実現したのです」(高柳氏)
世界中にニーズがある生産現場の除電
高柳氏は果敢なビジネスアクションで、さらに世界に向けて注目すべきPRを放っている・
日本の産業界にセンセーショナルな衝撃を与えた自著『静電気・ホコリ[ゼロ]革命〜世界の工場からホコリが消える日〜』(ダイヤモンド社)の
英訳本である『Supplier to World wide Toyota Factories: Maie in Japan』を海外で刊行したのだ。
世界の産業界から熱い期待を集めていたトリンクのグローバル戦略が、ついに始動したのである。
生産品目にかかわらず、メーカーの大敵となっているのが、静電気とそれに引き寄せられるホコリである。
その日鍵を解消する切り札となり、生産の高品質化と高効率化を実現させるトリンクの多種多用な除電装置のニーズは、
もちろん洋の東西を問うものではない。
あえて大げさな表現をすれば、世の中のほとんどの生産現場において、静電気とホコリは「百害あって一利なし」の困りものだ。
その意味で、「除電」というトリンクのビジネスや製品が国境を越えるのは必然と言えよう。
高柳氏は、海外を視野に入れ、将来展望を切り拓く壮大な事業構想を描いている。世界不況の前に意気消沈しているビジネスリーダーは、高柳氏の気概に注目してほしい。
目標は海外売り上げ比率90%
「遠くない将来には、海外の売上比率を90%にまで持って行きたいと考えています。」
高柳氏は、事業の行く末を正視してそう断言する。
日本のグローバル企業において、海外の売上げ比率が高い企業は、決して珍しくない。
代表格の一つは本田技研工業(以下、ホンダ)だ。
直近の事業パフォーマンスによれば、すでに海外の売上げ比率が90%近くに達しているという分析もあり、
同社の海外依存体質はさらに進行しているようである。
そうしたホンダの海外ビジネスを論じる際には、いつも決まりごとのようにトヨタと比較した国内内販売力の脆弱性が指摘される。
ところが、地かい将来トリンクの海外売上げ比率90%に達したとしても、ホンダと同次元の事業分析は意味をもたない。
なぜなら、トリンクの製品には、ホンダが開発する自動車のように、国内市場を掌握できない販売要因やライバル製品の存在が皆無だからである。
保守的な企業姿勢が最大の販売障壁
あえてトリンクの製品の販売障壁を挙げるとすれば、それは後に高柳氏が指摘する通り、国内にあるメーカーに共通する保守的な風土である。
つまり、トリンクは国内市場において、「姿なき敵」と対峙する静かな戦いを勝ち抜かなければならないのだ。
そうした消耗戦においては、独自技術への自負や技術者の矜持などは何の役にも立たない。
求められるのは、製品の特長を繰り返しアピールする、愚直とも言えるような営業活動だけである。
ベンチャー企業であるトリンクが開発した除電装置のすばらしさを初めて認めたのはトヨタだが、その端緒を切り拓いたのはトヨタの海外現地法人だった。
日本にある大企業は、トリンクが開発した画期的な製品の概要さえ聞かず、理解もしようとしないまま、門前払いを突きつけることが少なくないという。
高柳氏は、こうした状況を次のように分析する。
「国内にある大企業は歴史が邪魔をしてか、非常に保守的なところが多いです。しかし、海外の顧客は日本製というだけで、とにかく製品の話だけは聞いてくれます」
トヨタの場合は海外の現地法人だったが、もしライバルの海外企業がいち早くトリンク製品を導入し、高品質とコストダウンを実現させてしまったら、
それこそ事業存亡の危機を迎えかねない。先人たちが営々と築き上げてきた日本企業や日本製品の競争優位性が、そのような経営の怠慢によって失われてしまうことは、何としても回避しなければならない事態にあることは間違いないだろう。
経営の特徴は徹底した顧客主義とファブレスの実践
続いて、海外への飛躍を射程距離に納めたトリンクの経営について分析を進めてみよう。,br>
トリンクは、二つの大きな経営的特徴を持っている。一つは徹底した顧客主義の実践、
もう一つはメーカーであるにもかかわらず、生産設備を一切持たない「ファブレス経営」の実践である。
高柳氏は、自社の強烈な顧客主義経営について次のように言及する。
「アイデアの源泉は市場にあるものです。常に変化し、進化して、前進をやめない市場には、絶えず無数のニーズが存在しており、満足を求める顧客が待っている。
スピードが命のベンチャービジネスは、いかに素早くニーズをキャッチできるか、いかに迅速にそれに応える製品やサービスを提供できるかで勝負が決まります。
そういう意味で、お客さまは開発のネタを提供してくれる『神様』なのですよ」
高柳氏が大きなビジネスチャンスに遭遇するのは、お客さまの不満を聞いたときだという。
顧客のの声は、まさに天の声なのである。
「顧客の不満は、居酒屋の愚痴ではない。顧客が不満を口にするということは、不満を解消したいと願っていることを意味するのです。お役さまから
『不満を解消してほしい』と言われることは、メーカにとって”最強の発注”にほかなりません。」(高柳氏)
2008年のリーマン・ショックに端を発する世界不況によって経営基盤を失った企業も少なくないが、トリンクにとっては、独自の経営戦略への自身を深める契機となった。高柳氏は次のように言う。
「歴史的な経済変動でファブレスの強みが発揮されました。平時や経済が成長軌道にあるときは内製でもいいですが、市場が成熟して売上のアップダウンが日常的になれば、ファブレスでしか生き残れないでしょう。ソニーでさえ、世界の工場を次々と国際的なEMS(生産受託業者)に売却しています。
生産は委託して済ませようという魂胆です。これこそファブレスと言えるでしょう」
さらに、高柳氏は次のように加える。
「慣性を持たないのが中小企業の特徴ですから、ふぁぶれすで身軽に、俊敏に経営の方向制御や姿勢制御ができるように勧めたいと考えています」
高柳流・企業進化論
ここで少し、高柳氏の企業認識を紹介しておこう。高柳氏は、次のように指摘する。
「経営を継続することは大企業の方が難しく、中小企業のほうが容易です。大企業は身体が大きいため、大きな変動には追随できません。
だから、身体のバランスを崩して壊れていくのです。それに対して、中小企業は身が軽いから、どのようにも対応できます。
結局、自然淘汰は大企業から始まり、ある程度進むと需要と供給関係がバランスして淘汰が終わるまで生き残る確率は、結局、中小企業のほうが高かったという結果になるかもしれません」
これが、高柳流の企業進化論である。中小企業は、徹底的に自社の強みを活かした経営を行うことで最強の企業力を獲得することができると、高柳氏は確信しているのだ。
そして、高柳氏は独自の仮説を立てる。
「例えば年商1兆円の大企業は、従来の事業で経済の大変動を乗り切れないと判断した時、少なくとも年商1000億円程度の新たな市場を探す必要があるでしょう。
しかし、そんな市場はありませんし、たとえあったとしても、すでに猛烈な競争が行われているはずです。
ところが、年商1億の中小企業は、新規事業として年商1000万円くらいの事業を探せばいい。
その程度の事業ならいくらでも探せます」
こうした企業間、事業観から、高柳氏は「トリンクは大企業にはしない方針です」と明確に言い切る。
安易な株式上場で一攫千金を狙うベンチャー企業経営者が後を絶たない昨今において、高柳氏は、見事な独自見解をもつビジネスリーダーであると言えるだろう。